現代日本魔法  虎の巻
                                                      ヒーボゥ

 

 

 

 視界が揺らぐ。
 悲鳴を上げる体。
 今にも倒れそうになるのをこらえ、少年は歩みを進める。
 一段、また一段……石段を登っていく。
 その姿は悲惨であった。
 黒い髪はぼさぼさ、着ている服もよれよれである。
 そして彼の表情は酷い。顔は青白く、目の下にはとても大きな隈ができており、さながらゾンビのようだった。
 一体どれだけ登り続けているのか、段数、時間共に少年には分からない。
 最初の鳥居をくぐり抜けてから数百段は登ったか? 数時間は経った気もする……記憶が曖昧だ。
 未だに目的地に到着しない。
「糞がっ」
 少年は悪態をつきながらも登り続ける。
 前後は霧に包まれ、最早遭難してると言っても過言ではない。
 少なくともこの先に住んでいる奴はまともではないと少年は思う。不便にも程がある。
 本当に人が住んでいるのだろうか? 不安を押し込んで少年は進む。
 あー、あー、もう、くそっ……。ぶつぶつと呟いている内にあることに気づく。
 そもそも、この先にいる奴も自分も普通の人間ではない。
 だから何の問題もない。この先にいる奴の方が自分よりそれらしいというだけ。
 少年は口を歪め、己をあざ笑う。
「ああ愉快、愉快。……実に不愉快だな、おいっ」
 意味不明な愚痴を漏らしながらも少年は律儀に石段を登っていく。
 それから数時間後、少年が自分は外に出られない滑車の中を走らせられている小動物だと悟り、ひまわりの種を無性に食べたいなーと思い始めた頃にようやく石段を登り切った。
 少年を待ち受けていた光景は何とも言えない物だった。
「やたら長い石段を登るとパルテノン神殿であった。頭の中が白くなった」
 目の前の建物を眺めながら少年は奥へと向かう。
 アホらしい、実にアホらしい。少年はもの凄い脱力感に襲われる。
 何故、パルテノン神殿? 最初にあった鳥居は何だったのだろうかと激しく問いたい。
 だけどもこのごちゃ混ぜ感がこの地には合っている。
 そう、現代日本魔法学園。
 日本で唯一の魔法教育機関があるこの場所では基本的に何でもありなのだ。

「たのもーう!」
 少年が大声をあげながら戸を叩く。
 神殿の内部には普通の道場が建っていたのだ。馬鹿らしい、実に馬鹿らしい。
 和洋折衷とかそういうレベルじゃない何か恐ろしい物を少年は感じた。
「返事がない、ただの留守のようだ」
 いくら叩いても反応がないのに対して少年が呟いた。
 留守ならばまた出直してくれば良いのだが、少年にはそんな余裕はない。何よりあの石段を何度も上り下りできるか、いやできない。
「だりゃっ!」
 少年は戸を蹴っ飛ばし道場の中へと入る。
 どう考えても不法侵入だが、少年は気にもしない。それでも靴を脱いでいるのは律儀と言えなくもない。
「誰かいないのかー」
 畳を踏みしめながら人を呼ぶ。
 しかし、返事はない。
 当たり前だ。道場の中にいるのは少年だけなのだから。
「誰かいないのかよ。……いないならいないって言いやがれよっ!!」
 理不尽な叫びをあげながら少年は地団駄を踏む。
 踏む、踏む、踏む。
 床が抜けるほどの勢いで踏み続ける。
「ギャアギャア五月蠅いぞ、小僧」
「ああん?」
 少年が後ろを振り返ると、目に入ってくるのは圧倒的存在。
 それは二メートルを超す巨体で片目を眼帯で覆い、胴着の胸元から見える大きな傷が印象的、しかしそれ以上にその体を覆っている黄色と黒の毛が彼を驚かせた。
「虎!?」
「誰が虎だーーー!!」
 虎の咆哮によって大気が震える。
「ぬぅっぅぅん!」
 虎は一瞬にして少年との間を詰め、拳を繰り出す。
 それは見事なアッパーだった。
「ぐぼぁ」
 きれいに吹っ飛ぶ少年、駄目な魔法使いの彼ではこの一撃を耐えきれなかった。
 ここは『現魔虎の穴』、若者達が青春の汗を流す場所……らしい。


◎◎◎

「……ここは?」
「あら、目が覚めましたか」
「……」
 少年の脳内に電流が走る。
 現状確認。自分は横になっている、OK。
 目の前には美少女のどアップ、銀髪碧眼。
 =膝枕ですね、分かります。
(何……だと……)
「あの、大丈夫ですか?」
 不安そうに彼を見つめる彼女の顔は整っており、着ている艶やかな藍色の着物はとても良く似合っていてる。
 少年は人形のような可憐さだと思った。
「つまりあなたは天使ですね。理解しました」
「え、あの……」
「ありがとう神様。今まで全く信じてなかったけど、俺はあんたを信じることにしたよ」
  少年はその場に立ち上がり、両手を天にかざす。
 重なる疲労によって少年の判断能力は鈍っていた。
「あー、どこかお怪我でも……」
「怪我どころか死んでますとも!!」
「いえ、死んでませんから」
 少女の声でようやく少年は現状を理解し始める。
 場所が先ほどまでの道場のままだと気づく。
「なんだ、生きてるのかよ」
 少年は顔を歪める。
 複雑な心境が顔に出る形となった。
「ころころと表情を変えて、せわしい小僧だ」
「うお」
 少年が声に反応して振り返るとそこには先ほどの虎がいた。
 思わず虎と叫びそうになったが、本能的に踏みとどまる。
 脳内では先ほどの記憶が繰り返し上映されていた。
 さすがにそう何度も宙を舞いたくはない。そう、身構えながら少年は相手の出方を待つ。
 虎と少年の間に緊張が走るが、第三者によって破られた。
「キティ、睨みつけるのはおやめなさい」
 先ほどまで少年を介護していた着物の少女が制止に入ったのだ。
「むう、お嬢がそうおっしゃるのなら」
 虎は少女の言に応え、しぶしぶと引き下がる。少女の隣へと移動し、その腰を下ろした。
「キティ?」
 思わず口に出ていた。虎の対応に驚いていた少年はその事に気づかない。
 しかし少女の耳には入っていた。
「この子のお名前です」
 少女はそう言って虎の頭をなでる。
(このなりでキティって……)
 自分よりも二回りは大きい虎を見ながら、それはないだろと少年は思う。
「そして、私は天城星華と申します」
「天城さんですか」
 きれいな名だと少年は思いつつ、天城を見つめる。
 しかし、見とれていたのもつかの間だった。
「一応、儂も名乗って」
「いや別に……ど、どうぞ、お願いします」
 せっかくの良い気分を害された少年は虎を睨みつけるが、睨み返されてひるんでしまう。
 小動物が虎に勝てる道理はない。
「うむ、儂はお嬢に仕える妖精猫のキティだ」
(いや、確かに猫科ですけども……使い魔ねぇ)
「よろしくお願いします。キテ……」
「儂のことは師範と呼べ」
「は、はい。師範」
 再び睨まれた少年に拒否権なぞなかった。
 鼠が猫に勝てる道理はない。
「それで、あなたは?」
 天城に尋ねられて少年はようやく自分が名乗ってないことに気がついた。
「俺は風花蒼司。現魔園の一年です」
 現魔園とは現代日本魔法学園の略称である。ただし、この略称が今後使われるかは不明だ。
「そんなもん見れば分かるわ、小僧」
 虎が毒づく。
「他に何て言えばいいんだよ」
 虎の態度にいらつきながら蒼司は尋ねる。
「一年坊主がここに何のようだということだ」
 虎が探るような目つきで蒼司を見つめる。
「ここは道場だぜ、だったら修行しに来たに決まってるだろ。馬鹿なの? いや虎か……」
 右手で畳をバシバシ叩きながら蒼司はたたみかける。
 悪態を思わずつく形となった。
 自分を値踏みするかのような視線が気にくわない。それ故の反発、冷静さを失ってしまう蒼司の欠点である。
「ともかく、俺を強くしろ!!」
 蒼司は大声で叫ぶ。
 興奮により冷静さを欠いた醜態。
 それは、とても人に物を頼む態度とは言えなかった。
 結果、蒼司は本日二度目の宙を舞うことになる。


  ◎◎◎

「痛……」
 天城から貰った氷嚢でアゴを冷やす蒼司。
「で、小僧先ほどの馬鹿な発言は一体なんだ?」
 蒼司の前であぐらを掻きながら虎が尋ねる。
「いや、このチラシを見てさ」
 手渡されたチラシを見て虎は唖然とする。
「……なんぞこれは……」
 そのチラシにはこう書かれていた。
 ――必ず強くなれる!? これで気になるアイツもイチコロだっ!! 輝け☆ キティーズブートキャンプ!!
 つっこみ所満載のチラシ、怪しいにも程がある。
「あらあら、私が刷った物ですね」
「お嬢!?」
 まさかの主の行いに虎は驚愕する。
「道場と言いながら、ここにはほとんど門弟がいないではないですか」
「ぐっ、それは位置が……」
 確かにここの地理は最悪だ。
 山頂にあるここにたどり着くには蒼司が登ってきた道を行くしかない。その道も幻覚を引き起こしたりする天然の難所だったりする。
「確かにそうですが、入門した方で三日持った人がおりましたでしょうか?」
「ぐぬぬぬ」
 使い魔が主に刃向かえる道理はない。
 ここまで聞いて蒼司の不安が加速しない訳がない。この場から逃げようと準備するも……。
「ところで風花さんはどうして強くなりたいのですか?」
「それは……」
「まあ、話してみぃ」
 いつの間にか背後に回った虎が肩に手を置く。
 既に蒼司に逃げ場などなかった。
 天城>>>超えられない壁>>>虎>>>小動物なのは自明と言える。
「……試験があるんだよ」
 諦めた蒼司は全て話すことにした。
「ほほう、それに受かりたいと」
「ああ。……失敗すると退学になるんでね」
「おや、それは本当ですか?」
「いくらなんでもそれはおかしかろう」
 二人が驚くのも無理はない。たった一度の試験で退学が決まることなどいくらなんでもありえない。規則はそれなりにしっかりとした学校なのだ。
「全てはあの陰険メガネの陰謀。いや、まあ俺の自業自得なんですけども……」
 蒼司は頭を掻く。
 いざ話すとなると思いとどまってしまう。
 人間誰だって自分の嫌な話はしたがらないものだ。
 困った蒼司が天城の方を見つめると、彼女は優しく微笑み返す。
 目と目があう。
 天城の美しい碧眼に、全てを飲み込むようなその目に蒼司は引き込まれていく。
 その笑顔に蒼司の心は少し軽くなる。この人なら全てをさらけ出したい、そんな気持ちが心に溢れていく。
 そして蒼司はついに全てを話すことに決めた。
「それじゃあ、愉快な笑い話を始めましょうか」
 自嘲しながら、それでも高揚しながら不思議な気分で蒼司は語り出す。


  ◎◎◎

 風花蒼司は一般人だった。
 彼の生まれ育った小さな町は周りを山で囲まれたドのつく田舎で、外との交流は少なかった。
 そのためこの時代には珍しく両親はおろか町の誰も魔法使いではなく、魔法そのものとも縁のない世界だった。
 本人にはそれが当然で、何の問題もなかった。
 しかし、ある日転機が訪れる。
 旅の魔法使いが告げたのだ。
 ……風花蒼司には魔法の才があるのだと。
 しっかりとした教育を受ければ一流の魔法使いになれるだろうと。
 それを聞いて両親は喜ぶ、もちろん町の人達も我がことのように喜んだ。
 その光景を見ていた蒼司は魔法使いになるのも悪くないと思った。
 そして何より……。
 ともかく蒼司は旅の魔法使いから推薦を貰って学園へと転入する。
 ……けれど人生はそこまで甘くなかった。
 学園はエリート養成校。幼少時から魔法を学んでいる人間に、十六から学び始めたばかりの蒼司がついていける訳がない。
 基礎ができていない蒼司にとって授業は難しく、基礎を教わろうとしても教師にはそれぐらい自分で何とかしろとあしらわれる。
 いくら一人で頑張ってもうまくいかない。知っているのと実演できるのは別なのだ。
 友人に相談することもできなかった。そもそも蒼司にはそんな友人はいない。
 周りとは話があわず、無視されることもしばしばだった。イジメと言える行為が起きなかったのが驚きである。
 無論、全ての人間がそうだった訳ではない。本当に蒼司のことを心配して親切にしてくれる人もいた。
 しかし、蒼司にはそれが自分を見下しているように見えた。
 差し伸べられた手を払いのける結果となる。
 悪循環が続き、それはまさに泥沼のよう。
 蒼司が学校に行かなくなるのにさほど時間は掛からなかった。
 そして、寮の自室で震える日々が始まる。
 実家に戻る選択肢を選ぶことはできず、自分を笑顔で送り出す郷里の面々を思い出すたび、吐いた。
 期待がプレッシャーとなって蒼司の体にのし掛かる。
 自分を守るかのように毛布にくるまり眠りについた。眠っている時だけ蒼司は安らぐことができた。
 生きているのか死んでいるのか分からない生活が続く。
 最初は心配して様子を見に来てくれていた生徒も次第にいなくなった。……一人を除いて。
 そして、最終通告が担任から言い渡される。
 担任との一騎打ち。
 試験という名の決闘。負けたら進級はおろか退学……。
 勝てるはずがない。蒼司はろくに魔法が使えないのだから。
 しかし、蒼司は喜んだ。帰る理由ができたのだから。 端から見れば見苦しい物だったが蒼司にはそれで十分だった。
 しかし、その喜びも続かない。蒼司は夢でうなされるようになった。家族の顔が浮かぶ、父が母が、妹が弟が、町のみんなが蒼司を見つめる。
 蒼司はろくに眠ることができなかった。
 追いつめられた蒼司が出した結論は、この試験に全力でぶつかることだった。
 そして蒼司は外へ出る。外も中も変わらない、蒼司の落ち着ける場所はこの世の何処にも存在しなかった。
 必死になって勉強し直し始める。暗闇の中を進んでいる気分だった。
 そんな中だった、一枚のチラシを拾ったのは……。


  ◎◎◎

 蒼司が全てを話し終えると道場は静寂に包まれる。
 嫌な空気だと蒼司は思う。
(さて、呆れられるか見下されるか……どうなるものか)
 まるで他人事のように蒼司は考える。
 過去を語ったせいか落ち着かない。まるで自分の中をかき混ぜられたそんな感覚が蒼司を襲う。
(本当にどうしようもないな、俺)
 振り返れば自分がいかに愚かな存在かを改めて思い知らされてしまう。これほど価値のない存在はあるのだろうか?
 人に頼る事を放棄したというのにそれでも人頼み。
 ――屑だ。
 そんな考えをしていた故に、天城の返答に驚かざるをえなかった。
「キティ、彼の指導をお願いできますか?」
「……はは、この命に代えましても」
 蒼司の放っていたいた重苦しい雰囲気を気にもせず主従は話しを進めようとする。
「いや、おい。話ちゃんと聞いてたのか?」
 予想外の展開に蒼司の頭は状況に追いついていけない。
 彼は追い出されるものとばかり思っていた。
 それは被害妄想でしかないのだが、心身共に疲労していた蒼司はネガティブな思考に捕らわれていたのだ。
「おや、何を驚いているんですか? 風花さん」
 天城がうっすらと微笑む。
 その姿からは先ほどまでのおっとりした雰囲気ではなく、妖艶な美しさが感じられた。
 目と目があう。
 見とれているつもりなどないのだが、蒼司は彼女の目に引き込まれるかの如く見続ける。
 なぜだか心が落ち着く、蒼司はそう思った。
「ここは道場なんですよ、だったら修行するに決まってるじゃないですか」
「なっ」
 蒼司の驚きをよそに、クスクスと笑いながら天城は言葉を続けていく。
「あなたはまだ諦めていないのでしょう?」
 天城の目は蒼司を真っ直ぐに捉えて離さない。
 蒼司はここまで来ても他人からの好意を素直に受け止められなかった。しかし、天城の言葉は自然と蒼司の体中へと染み渡る。
 むしろ、何かに体を支配されてしまった感じがした。
 熱い何かが蒼司の内側を埋め尽くしていく。
「……はい」
 蒼司は口から絞り出すように返事をした。
「ならば精一杯あがきましょう。男の子なんですもの」
 蒼司は黙って深く頭を下げた。
「小僧、男が簡単に泣くでない」
 畳に跡が残ると言って虎が蒼司の頭を上げさせる。
 その時になってようやく蒼司は自分が泣いていることに気がついた。
「ぐす、本当にいい人達だな。こんな人達がいるとは」
「はい?」
「? どうかしたか」
 天城の驚く顔を蒼司は不思議がる。
「……よもやと思ったが、まさか本当に」
 虎が何とも言えない目つきで蒼司を見る。
「先ほどの話を聞いた限りでは仕方がないでしょうが……いえ、それでも私を知らないのは現魔園の生徒として……」
 二人があっけにとられていることに涙をぬぐっている蒼司は気づけなかった。
「ともかく、試験まで後どのくらい時間が残っておるのだ」
「うん? 今日を除いて三日だけど」
 三日、七十二時間はあまりにも短すぎる。
「むう、善は急げじゃ行くぞ」
「ちょ、待てよ」
 蒼司の言葉を気にも止めず虎は蒼司を担いで走り出す。
「どうか、御武運を」
 そう呟きながら天城も動き出す。彼女にできることをするために。


  ◎◎◎

 現代日本魔法――現魔と略されるそれは、魔法の中において一言で表すのが非常に難しい分野。
 現代とついていることから分かるようにまだ歴史が浅く確固たる定義がしづらいのだ。
 また、本来秘匿される傾向のある魔法の中において非常にオープンなのも問題で、あちこちからいろんな物を引っ張ってきては混ぜ合わせ形を変えていく。この点において現代日本魔法は発展途上なのである。
 まあ、詰まるところ何でもあり、この一言に尽きる。
  他の魔法大系から言わせてみればふざけるなとしか言いようがない。
 そもそも、誕生の仕方からしてふざけている。
 何で日本人が外国語で呪文を唱えないといけないんだよ→だったら日本語で呪文作ろうぜ→その発想はなかった!
 そんなアホなノリで作られた現代日本魔法であるが、現在では日本においてもっとも多くの層を獲得している。
 無論、反発が無かったわけではない。様々な派閥争いが巻き起こされた。
 しかしながら、日本古来から存在する陰陽師ですら現代日本魔法使い扱いされてしまうのが現状だ。
 さらには陰陽師の中から自由な形式を望んで現代日本魔法使いに鞍替えする者まで出てくる始末。
 兎にも角にも、現代日本魔法がこれからも隆盛を誇っていくのは間違い無い。


◎◎◎

「とまあ、現代日本魔法についてはこんな感じか」
 どことなく自慢げな感じで蒼司は説明を終えた。
 先ほどとは服装が変わっており、虎が着ている胴衣とおそろいの物になっている。
「ちっがぁーーーーう!!」
 虎の叫びが森を震わせる。
 道場の奥手にある森へと二人は移動してきていた。
「何がだよ、ちゃんと現代日本魔法とは何かについて説明したぞ」
 耳を塞ぎながら蒼司が虎に文句をつける。
「儂が聞きたかったのはそんな教科書じみた答えではない」
「はあ」
 虎のテンションの高さについていけない蒼司は気の抜けた返事しかできない。
「小僧、お前にとっての魔法とは何か! それが聞きたいのだ」
「え、ええーと……あったら便利な物?」
「ナッーセッーンス!!」
 蒼司なりに考えた上での答えだったのだが、虎には気に入らなかったようだ。
「いや、俺にとってはそうなんだが……使えないけど」
「黙れ、最早問答無用!! そして聞けぇい!!」
「ええー」
 虎のあまりの理不尽さに蒼司はドン引きする。
「現魔、それは聖なる力。現魔、それは未知への冒険。現魔、そしてそれは、勇気の証!」
「……」
 虎の魂からの叫びは蒼司には理解しがたかった。
「つまりはそういうことだ」
「いや、分かんねぇよ」
「むう……」
 蒼司のドライな対応に虎は不満気な顔をする。
「そんなことよりさっさと修行始めようぜ」
「ちっ、これだから最近の若い者は……まあいい、押しつけは良くないしの」
 主から頼まれている以上、投げ出すことは決してしない。それが使い魔というもの。
「では、次の質問だ。お前の得意な属性は何だ?」
 属性――その魔法がどういう特性を備えているかを分類する物。例えば古来から続く日本の陰陽道では大まかに分けて木火土金水の五つといった具合である。
 しかし、色々な物を取り込んできた現代日本魔法においては属性の制限がない。どれほどの属性があるのかは誰一人として把握できていない。
「一応、一番相性が良いのは風だな。後二、三使えるかどうかってのがある位だ」
 属性は個人によって向き不向きがある。苦手な属性の魔法を練習するよりも得意な属性を練習する方が効率的なのだ。
「ならば、風魔法に専念するとしよう」
「よしきた」
 蒼司は不敵な笑みを浮かべる。
「ほう、自信ありげだな。何か良い魔法でも使えるのか」
「自慢じゃないが、何も使えん!」
 そう言い切るや否や蒼司は本日三度目の宙へと舞った。

「で、この玉は何なんだ?」
 復帰した蒼司は虎が持ってきたサッカーボール大の鉄の玉をいじりながら尋ねる。
 玉は空洞らしく簡単に持ち上げることができた。
「とりあえず、この玉の上に乗ってみせろ」
「ほう、ならば見るが良いこの俺の素晴らしきバランス感覚を!」
 そう言って蒼司は軽々と玉の上に乗ってみせる。
「どうよ。昔、町に来たサーカスのピエロにコツを教わってさ」
 嬉々とした表情で蒼司は語り出す。
「誰もそんな話なんぞ聞きたくない。これぐらい魔法使いなら乗れて当然だ」
「……」
 勝手に盛り上がり、自爆する。何とも滑稽な道化師。
 そんな蒼司を尻目に虎は準備を進める。
「その玉に乗った上でこの紐を引っ張れ」
 近くにある木の幹にしっかりと巻き付けられた紐が手渡された。
「引っ張るってどの位?」
「無論、木が抜けるまでだ」
「いや、無理だろ」
 例え大地にしっかりと立っていても木を引っこ抜けない蒼司に、玉の上に乗った状態でなど無謀でしかない。
「やれやれ仕方がない、手本を見せてやろう」
 そう言って虎は蒼司から紐と玉を受け取り、軽々と玉の上に乗ってみせた。
「おお」
 自分より二回りも大きい虎が玉に軽々と乗ってみせたのに蒼司は素直に驚く。
「ぬうん!」
 木に背を向けた虎が高らかに挙げた右手を振り抜く。
 そして、あっけなく木は抜けた。
「と、まあこんなもんだ。さあ、やってみ……」
 虎は思わず呆れかえってしまった。
 蒼司は木の下敷きになっていた。無論、気を失っている。
「先が思いやられるな」
 ため息をつきながら虎は蒼司を助け出すのだった。

  ◎◎◎

「ハアハアハア……糞がっ」
 蒼司は悪態をつきながらその場に倒れ込む。
 既に翌日の夕方になっていた。修行を始めてからもうすぐ二十四時間が経つ。
(そう簡単にいくとは思ってなかったが……きついな)
 未だに修行は成功していなかった。
 寝ずに続けているが木を揺らすことすらできていない。
 魔力を込めて踏ん張ろうとすると玉が潰れてしまうのだ。蒼司の周りには無数の残骸が転がっている。
 玉が無くなるまでやり続け、虎が新しい玉をとってくるまで休憩。その繰り返し。
(問題なのは魔力の配分と放出……)
 この修行は魔力の精密なコントロールが必要なのだ。それができなければ、玉が潰れてしまう。
「ほれ、新しいのを持ってきてやったぞ」
 虎が玉をたくさん乗せた台車を引いて戻ってきた。
 フラフラしながらも蒼司は立ち上がる。
「少しは眠ったらどうだ」
 虎が心配するのも無理はない。
 道場に来た時点でかなり不健康な顔だった蒼司だが、今ではさらに酷くなっている。
「寝なくても大丈夫さ」
 そんな状態でも蒼司は笑ってみせる。
 無論、それは虚勢。
 眠らないのではない眠れないのだ。悪夢にうなされるのが目に見えている以上、蒼司は眠れない。
 その上、時間もない。少しでも修行へと使うべきなのだ。
「なあ、コツとかないのかよ」
「何度も同じ質問をするな。個人の感覚の問題だ、教えられる物はない」
 蒼司の質問を虎が容赦なく切り捨てる。このやり取りも数十回目だ。
 虎は蒼司にやることを指示してからは一切、助言などを行わない。
(これじゃあ今までとやってることが変わらないんじゃないか?)
 蒼司は疑問に思いながらも修行を続行する。
 しかし木はビクともしない。
 幸か不幸か、蒼司は魔力量がズバ抜けて高い。
 魔力量は基本的に生まれた時から変わらないため努力の余地がなく、故にそれは才能とされる。
 だから蒼司は魔法使いの才を認められたのだ。
 しかし、それが仇となる。莫大な量の魔力をコントロールするにはそれなりの技術が必要なのだ。
 魔法を習い始めて一年も経っていない蒼司にそれは困難以外の何物でもない。
 そのため、蒼司はまともに魔法を使うことができなかった。
「クフフフフ」
 やけになって不気味な笑いをあげながら、蒼司は玉へと乗る。
 全てを忘れて修行に専念する。
 何度失敗しても立ち上がり、挑戦する。狂ったように自分の体を痛めつける。今までの自分に対しての罰のように……。


  ◎◎◎

「そして、魔力が切れて気を失ったのですか」
「はい」
 翌朝、倒れた蒼司を前にして天城は虎からの報告を受けていた。
「男の子は頑張り屋であるべきだと思います。ですがキティ、これは少々やりすぎでは……」
 天城はずれていた毛布を蒼司へとかけ直す。
「それは違いますぞ、お嬢」
 辛そうな顔をしている主を心配しながら虎は話し続ける。
「これは小僧が自ら望んだことです。口を挟む権利はありません」
「それはそうですが、あなたならもっとうまく教えられるのではなくて?」
「……」
 天城の問いに虎は押し黙る。
「キティ……」
「お嬢、押しつけるだけでは駄目なのですよ」
 ようやく出た虎の返答に天城は驚いた。
「相手の意志を無視して何かを押しつけるのは、教えるとは言わないのです」
 虎は今まで教えてきた者達のことを考える。
 誰もが虎のやり方にはついていけないと言って辞めていった。
「そうかもしれません、ですが……」
「それに儂は小僧が負けようとも構わんのですよ」
「え?」
 虎の予想外の発言に天城は驚く。
「小僧が自分なりの答えを見いだせたならそれで……」
 続く言葉は虎の口からは出てこなかったが、言わんとすることは十分理解できた。
「ままなりませんね、本当」
 蒼司の顔をなでつつ、天城は癒しの魔法を使う。
 蒼司が勝てると信じている者はいないのだ。
 純粋な気持ちで彼を応援している者はいないのだ。
(罪悪感だけですものね)
 天城は胸の内で懺悔する。
 現魔園の教師の素行問題。
 彼が訪れるまでそのことに気づくことすらできなかった。
 もし、彼が道場を訪れなければどうなっていただろうか? 考えるだけでもゾッとする。
 今までにもこういった事例はあったのかもしれない。
 それらは全て自分の罪。
 自分の立場はそんなことが起こらないようにするのが仕事だったはずだ。
(満足していたんでしょうね、私は……。これでは彼女に笑われますね)
 とはいえ、いつまでも後悔しているわけにはいかない。
 自分にできることは限られている、それをなさねばならない。時間は有限だ。
「キティ、この子のことをお願いしますよ」
「それは、もちろん。ですがお嬢……」
「何です?」
「一人で全て背負う必要はありませんよ」
 虎が笑ってみせる。
「……はい」
 不器用な使い魔の気遣いに感謝しながら、天城は再び決心する。
 顔を上げ空を見上げると、日が登り始めていた。


  ◎◎◎

「いいかい、風花君。現代日本魔法はとてもシンプルな物なんだ。深く考えなくていい……」
 ――教室。
 少女が熱弁している。
「なに、コツさえ掴めば簡単さ……」
 蒼司は、目の前の少女が熱弁しているのを黙って聞いている……自分の姿を見ている。
「さっきから黙っているが、やる気があるのかい? そもそも君は……」
 これは夢だ。蒼司は自分を眺めながら思考する。
「君は何の為に此処に来たんだい? 現代日本魔法使いになりに来たんだろ?」
 少女の問いに答えられない。
 どうして、俺は現代日本魔法使いになりたいんだ?
 家族のため? 町のため? 自分のため? それとも……。
 答えが出ない。
 辺り一面が黒に染まる。

 ――小僧、お前にとっての魔法とは何か。

 虎の声が再生される。
 分からない。魔法って何だ? 俺はどうしたい?
 答えは見つからない。

「――、――」

 誰かの声が聞こえた。


◎◎◎

 ――想像しろ。

 そう言ったのは誰だっただろうか。
 自分が魔法使いになるきっかけになった人、最後まで自分なんかを心配していたクラスメイト……答えは思い出せないが、どうでも良かった。
 もやもやとした気分を打ち払うために体を必死に動かす。

 ――想像しろ。

 魔法を使いこなす自分の姿を。
 それが魔法の上達には欠かせない。
 蒼司は頭に思い描く、虎の姿を、成功の姿を。
 今ある不安をかなぐり捨てて、悪夢を打ち払う。
 体を内側から感じ取る。
 魔力が体を駆けめぐるのを掴み、行使する。
「だりゃっ!」
 紐の引っ張りに抵抗が無くなるのを感じながら蒼司は微笑む。
 ついに木は抜けた。
「ふむ、上出来だな」
 虎からも合格が出される。
「これぐらい、どうってことないさ」
 その場に座り込みながら蒼司は右腕を天へ高く突き上げる。
 肌を流れる汗が心地よい。
「ほう、ならば次の修行と行こうではないか」
 ガハハハと虎が笑いながら蒼司を担ぎ上げる。
「……上等だよ」
 力無く笑いながら蒼司は連行されていった。

「で、今度は何すればいいんだ?」
 やってきたのは滝の前だった。
「うむ、この滝を斬れ」
「無理だ」
 蒼司は即答する。
 滝は二十メートルはある大きな立派な物だった。
 大きな音を立てている滝を見て、蒼司は怯んだ。
 そんな蒼司を見ながら虎は言う。
「少しは自分を信じてみたらどうだ」
「……」
 蒼司は目をそらす。
 言葉が突き刺さった。
 自分を信じる、その行為が蒼司にはできない。これまでの経験で蒼司の自信はボロボロになっていたのだ。
「まあいい、手本を見せてやろう」
 黙り込む蒼司をよそに、虎は川へと入り、滝の前に立つ。
「フフウフウフウ、風よ集いて刃と成れ。風・刃!!」
 ――詠唱。
 現代日本魔法独特の韻を踏んだ呪文。
 虎の詠唱に応じて魔力が形をなし、刃となって滝へとぶつかった。
 激しい衝突音が滝の音をかき消す。
「マジかよ」
「マジだ」
 虎の放った風刃は見事に滝を縦に割ってのけた。
「さあ、やってみろ」
「はあ、やればいいんだろやれば」
 蒼司は虎と立ち位置を代わり、滝の前に立つ。
 一度深呼吸し、集中力を高めていく。
「フフウフウフウ、風よ集いて刃と成れ。風・刃!!」
 蒼司の放った風刃は滝の根本にぶつかってそのまま消滅した。
「むう、初めてだとこんな物か」
 失敗だったが十分想定の範囲内だ。
(とりあえず、放った後のコントロールを教えんといかんな)
 虎がアドバイスしようと蒼司へと近づき、様子がおかしいことに気づく。
 まず蒼司の目の焦点が合っていない、口はだらしなく開けられたままだ。
(まさか立ったまま気絶しおったか?)
 しかし、虎の予想は外れていた。
「フハハッハハハハハハハハ」
 蒼司はいきなり笑い始めた。
「おい、大丈夫か?」
「見たか、師範! 今、俺、魔法、使ったぞ!」
 興奮しながら蒼司は喜びを露わにする。
「……そう、だな」
 そのあまりの変わりように虎が引く。
「初めて、初めて、まともに魔法が使えた……イヤッハァー!!」
 喜びのあまりその場で小躍りを始める蒼司。
 それを眺めながら虎は思った。
(これで少しは自信がつくといいのだが)
「ウエェーイ!」
 虎の心配をよそに蒼司は踊り続けていた。


  ◎◎◎

 二日目の晩、天城が様子を見に行くと川には岩に引っかかっている土左衛門がいた。まあ、蒼司なのだが……。
「し、しっかりしてください」
 天城が慌てて魔法で川から引き上げる。
 魔法で心肺蘇生を行う。
「がはっ」
 蒼司は息を取り戻した。
「大丈夫ですか、蒼司さん」
 天城の言葉に蒼司は首肯する。
「良かった。ところでキティは何処へ?」
 辺りを見回すが虎らしきシルエットは見あたらない。
「敵情、視察に……」
 息絶え絶えに蒼司は語る。
 この修行での要点は教えた。後は何とかしてみせろ。私は相手の情報を盗んでくる。何、これでも昔はスパイをやっていたのでな。フハハハハハハ……。
 そんな事を言いながら虎はどこかへと去っていった。
「……そう、ですか」
 自分の使い魔の奔放さに呆れながら、蒼司の服を魔法で乾かしていく。
「ところで、修行の方はどうですか?」
 天城は話題転換を試みる。
「何とか半分は斬れました」
「それは凄いですね」
 天城は蒼司の成長に素直に感動していた。
 素養があるとしてもこれは賞賛してもいいだろう。
「まだまだ……ですよ」
 そう言って蒼司は立ち上がろうとするも、天城に止められる。
「無茶ですよ、これ以上は体を壊します」
「でも……」
「いいから、休みなさい」
 天城は無理矢理蒼司を押さえ込み、彼の頭を自分の膝へともっていく。
 膝枕の完成である。
「ちょ、待」
「問答無用です」
 力尽きた蒼司では抵抗は無意味だった。
「全く、一体どれだけ寝てないんですか?」
「さ、さあ?」
 蒼司自身も分からなかった。気を失った回数ですら危うい。
 起きているのか寝ているのか分からない状況、夢と現実の境界線があやふやになっていた。
「……」
「……」
 二人の間に無言の時が訪れる。
 気まずい雰囲気に蒼司はビクつく。
(な、何か話題を変えなければ)
 蒼司は必死に脳を回転させる。
「あ、あの」
「何です?」
「天城さんにとって魔法って何ですか」
 蒼司の口から紡ぎ出されたのは虎に出された質問だった。
 修行しながらも蒼司は時折考えていたが、答えはまだ出ていない。
「魔法ですか……そうですね」
 夜空の星々を眺めながら天城は静かに言った。
「……私はピエロになりたかったんです」
「はい?」
 天城の良く分からない答えに蒼司は混乱する。
「風花さんはサーカスを見た事がありますか?」
「ええっと、一回だけ」
 かつて村にきたサーカスのことを蒼司は思い出す。
「すごいですよね、あの人達。魔法も使わずにあんなことをやってのけるなんて」
「ええ、まあ……でも」
「……魔法を使えばもっと凄いことができる、ですか?」
「あ、いや。その……」
 言おうとした事を当てられ蒼司は驚く。
「確かにそうかもしれません。でも……」
「でも?」
「風花さん、あなたは誰かを笑顔に出来ますか?」
「え……」
 蒼司は答えにつまる。
「難しいですよね。だから私はピエロになりたかったんです。そう……」
 ――誰かの笑顔の為に。
(笑顔、か……)
 蒼司もピエロに憧れたことがあった。
 それはもう、芸を教えてくれと頼み込む位に。
「それから色々ありまして……」
「はあ」
 天城の顔を見上げながら蒼司は続きを促す。
「魔法使いも人を笑顔にできるんですよ」
「え?」
「だから私にとって魔法とは誰かを笑顔にするための物なんです」
 ……。
 天城は満足そうな表情を浮かべる。言いたいことは言い切ったような感じだ。
(肝心なところがはぶられた!?)
 天城に一体なにがあったのか気になってしょうがなかった。
 しかし、それと同時に一つの考えが蒼司を支配していく。
「俺は、魔法使いになるべきではなかったんでしょうか」
 もしも、あり得たかもしれない自分に思いを馳せる。
「……さあ」
「……」
「ただ、どの道を選んでも困難はついてまわりますよ」
 苦笑いしている天城を見ながら、彼女も苦労しているのだと蒼司は思った。
 例え、町に残っていても全てがうまくいったとは限らないのだ。
「あの……」
「はい?」
「いや、やっぱいいです」
 言葉にできないもどかしさを抱えながら蒼司はため息をつく。
 そんな彼を見ながら天城は微笑む。
「一つアドバイスをしましょうか」
「え?」
「あなたがなれるのは、あなたが信じたあなただけ」
 そう言って天城は蒼司の頬をそっとなでた。
「……信じた?」
「ええ」
 言葉の意味を蒼司は良く理解できていない。
「少し、歌でも歌いましょうか」
 いきなり歌いだした天城に驚きつつも、蒼司はその美声に耳を澄ました。
 それは、とても優しい歌だった。
 ゆっくりと想像する、自分が信じる自分の姿を……。
「ようやく眠りましたか」
 天城は目をつぶった蒼司を眺めながら一息つく。
「……私は信じます。いつかあなたが心の底から笑える日が来ることを。きっと……」
 蒼司の頬をそっと撫でる。
「私も、疲れました」
 そのまま背後の岩にもたれつつ眠りへとついた。

 しかし、蒼司は目をつぶっていただけで寝ていなかった。
 目を開けると天城の寝顔が見える。
 蒼司はその場からどこうとするが体が動かない。
 これは疲労のせいであってやましい気持ちなど一切ない、蒼司は自己弁護を脳内で行う。
 しかし、しかしだ、頭に柔らかい感触を受けながら蒼司は思う。
(眠れねぇ)


◎◎◎

「斬れたな」
「うむ、真っ二つだ」
 元に戻りつつある滝を目の前に蒼司と虎が会話をしている。
 三日目、修行最終日となった。
「しかし、よくもまあこすい手を考えるのう」
「やり方の指定はされてないだろ」
「確かに。猿真似よりはよかろうて」
 そう言って虎は笑い始めた。
「それより、情報は手に入ったのかよ」
 蒼司の問いに虎は首肯する。
「小僧の頑張りに敬して、策を授けてやろう」
「仕方ないから聞いてやるよ」
 二人は笑みを浮かべながら話し合いを続けていく。


  ◎◎◎

「試験当日か」
「ここまで来たのなら逃げ場などありはせん」
「分かってるさ」
 蒼司は正面を真っ直ぐ見つめる。
 学校の近くにある闘技場――ローマのコロッセオを模した外観を持つそれは悠然と佇んでいた。
 闘技場の中に入り、通路を歩きながら蒼司は自問する。
 戦う覚悟はできているか? 
 通路を抜け、訓練場が視界に移る。
 半径三十メートル程の円形である訓練場は特殊な金属でできており、多少の魔法ではビクともしない。
 既に相手は訓練場に上がっている。後は蒼司が行くだけだ。
「天城さんの応援があればやる気も出るかもしれないが……」
 虎を見ながら蒼司はため息をつく。
「お嬢は忙しいんだ、諦めい」
 分かってるよ、そういって蒼司は訓練場へと体を向ける。
「勝てると思うか?」
「何を今さら……お前が信じなくて誰が信じるのだ。」
 虎は大声で笑い始める。
 その笑い声に蒼司は勇気づけられ。
「師範……行ってくるぜ」
「うむ」
 蒼司は訓練場へと上がり中央へと進み、担任、清水守と相対する。
 訓練場は上がってみると以外に狭く感じた。
「試験の内容を確認しますよ、風花君」
 蒼司の顔を見ることもなく、メガネを拭きながら清水が話す。
 髪をオールバックで整え、しっかり着こなした黒いスーツを身に纏った彼は若く見え、とてももうすぐ四十代とは見えなかった。
「はいはい」
 清水の態度に慣れた蒼司は適当に受け流す。
 蒼司にとって清水はただの嫌な人物でしかなかった。
「三試合行って一つでも勝利できたら試験合格です。リングアウト、ギブアップ、気絶などの場合は負けになる。まあ、こんなところでいいでしょう」
「分かりましたよ、陰険メガネ」
 蒼司のあからさまな挑発を清水は気にもとめない。
「それではさっさと終わらせましょうか」
(そこは始めましょうだろうがっ)
 内心で舌を打ちながらも蒼司は先制に出る。
 蒼司が腕を振るうと同時に風刃が清水を襲う。
 しかし風刃は清水の前に現れた水の壁に防がれる。 動きながらも蒼司は風刃を打ち続ける。しかし、全て水の壁に防がれてしまう。
(自動防御!?)
(無詠唱の一動作!?)
 両者とも驚愕する。
 それぞれの想像より強かったのだ、無理もない。
 修行のすえ身につけた蒼司の風刃は、詠唱なしに手を振る一動作のみで発動するようになっていた。
 これによって蒼司の隙は格段に減ることとなる。
 しかし、蒼司の方が圧倒的に不利だった。
 自動防御は無詠唱で無動作であり、攻撃を認識した時に発動し、使い手が気を失わない限り発動し続ける。
「ススイスイスイ、水よ集いて槍と成れ。水・槍!!」
 清水の呪文によって顕現した水の槍が蒼司に向けて放たれる。
「ちぃ」
 蒼司はギリギリのところで横へ回避し、反撃に出る。
「フフウフウフウ、風を纏いて我が身は駆ける。疾・走!!」
 これも修行の成果の一つ、全身に魔力を通して身体能力を上昇させる魔法。
 自身を加速させ清水の懐へ潜り込み殴りかかるが、水の壁にはじかれる。
「甘いですね。私の水壁はそう簡単には破れませんよ」
(そんなのありかよ)
 愚痴りながらも蒼司はいったん距離をとり、風刃を打ち続ける。
 しかし攻防が続く中、蒼司は少しづつ後退することとなる。
 蒼司は焦る。
 虎の調べでは清水は教師陣の中では研究者寄りだったのでまさかここまで強いとは思ってなかった。
 一方、清水の方も驚いていた。
 風刃は比較的簡単な魔法ではあるが、無詠唱で一動作となると話は別だ。かなり精密な魔力コントロールが必要になってくる。
 今までろくに魔法を使えなかった人間にできることではない。
(教えたのはよほどの人物なのでしょうね)
 蒼司のセコンドについている虎の方を見る。
 清水は使い魔を見ればその主の力量はおおよその見当がつく。彼にはそれだけの才と経験があった。
 しかし、虎を見ても力量を把握することはできなかった。
 例えるなら、そこに山があるのは分かるがそれがどれほど大きいのか分からないのだ。
 まるで、天より高く感じる。
 そんな人物はそうそういない。
(まさか……いや、ありえない)
 清水は雑念を払い、目の前に集中する。
 一方、蒼司は次の攻勢に出ようとしていた。
「これでも、喰らえよ」
 強風が清水に襲いかかる。
 しかしこれは無詠唱ではあるが、攻撃魔法ではない。
(こんな物防ぐまでもっ、がっほ)
 清水が突然咳き込む。
 蒼司は風に乗せて胡椒を飛ばしていた。
 さらにとどめと言わんばかりに呪文を唱える。
「フフウフウフウ、風よ集いて渦と成れ。風・界!!」
 蒼司の呪詞によって清水の周りに風が舞う。
「……結界か!?」
「フフウフウフウ、フフウフウフウ……」
 清水の周りの風の渦が巻きあがり続ける。
 風界、風で相手を封じるかなり難度の高い魔法である。
(まずい、狙いは酸素か)
 清水はすぐに蒼司の狙いに気づく。
 酸欠、風の渦が清水の周りの空気を奪っていく。
「フフウフウフウ、フフウフウフウ……」
 蒼司は唱え続ける。
 風界ははっきり言って蒼司が扱えるような魔法ではない。それを使いこなす裏技として詠唱し続ける。そのため息を継ぐ間などない。
 すなわち、どちらが先に息が切れるかの勝負である。
 少しでも有利に立つ、そのための胡椒。
 虎との協議を重ねた上での作戦だった。
「フフウフウフウ、フフウフウフウ……」
 勝つための手段など選んでいられない。
「フフウ、フウ……ふう」
 蒼司の息が切れ、風界が解ける。
「はあ、はあ……やったか?」
 しかし、蒼司の目に映ったのは飛来する水槍だった。
「ちぃっ」
 水槍が蒼司の顔をかすめるも、何とか回避する。
(これも駄目かよ)
 風界が解除された場所に清水は平然と立っていた。
 その頭は水で覆われていた。
「ふう、驚きましたね。まさか風界を使うとは本当に驚きですよ。ええ、本当に」
 水を解除した清水が得意げに語りかける。
「ただ残念な事に君にはまだまだ扱えない」
 髪型を整える清水。
「水の中にも酸素はある。水にすれば君の魔法の効果対象外になる」
(んな、アホな)
 蒼司は絶句する。
 周りの空気を水に溶かしてさらに水の中で元に戻す。
 清水の説明は理解できるが、それにはもの凄い技量が必要なのだ。複数の魔法を行使しなければならない。
 何より、とっさの判断でそんな選択肢を選ぶ清水の度胸に驚いた。
「水の特性、それは千変万化の応用力。授業で教えたはずですがね」
 髪を整え終わった清水は自慢げに語る。
「てめぇのくだらない自慢は聞き飽きたんだよ」
 蒼司は風刃を放ちながら声を荒げる。
「ガキがっ」
 清水は水壁に防がれる風刃を見て、笑う。
「ススイスイスイ、水よ集いて我が敵を包め。水・泡!!」
 先ほど清水の頭を覆っていた水が蒼司の頭を包む。
「ぐぼぁ」
 いきなりの反撃に蒼司は酸素をはき出してしまう。
「苦しめ」
 本人は気づいていないが、清水の目は憎悪に燃えていた。その口は歪んだ笑みを浮かべている。
 ……一見すると詰みのように見えたが、清水の策は完璧とは言えなかった。
「な!?」
 清水は蒼司の行動に驚かざるをえなかった。

 一回戦、風花蒼司リングアウト。


「はあはあ、はあ……」
「大丈夫か」
 蒼司は息を整える。
 体の自由が完全に奪われなかったのは幸いと言える。
 自分からリングアウトすることで危機を脱した。
 三回の内、一度の勝利でいいのだ。一戦にこだわる必要は決してない。
「リングアウトを選んだのは良い判断だ」
 蒼司には虎の言葉が遠く聞こえる。
 圧倒的な力量差、感じざるをえなかった。
「どうする、続けるか?」
「当然だろ」
 虎の問いに蒼司は力強く答える。
 残りの策は一つ。まだ、意志は砕けていない。
 蒼司は体に鞭打ちながら訓練場に向かう。
「しぶといですね」
 清水の蔑むような視線が蒼司の体を貫く。
「……」
「喋る気力もありませんか」
(全く忌々しい)
 清水は内心毒づく。
 目の前の蒼司が憎く感じる。
「いい加減終わらせて貰いましょうか」
 清水の台詞に蒼司は手を振ることで答えた。
 二回戦が始まる。


◎◎◎

 清水守は天才と呼ばれていた。
 それだけの才能があったし、努力もしていた。
 魔法使いの一族に生まれた彼はすぐに頭角を現していく。
 十代の内に新しい魔法を開発して賞賛された。
 彼が成人した時、彼の名前を知らない者は業界にいなくなっていた。
 多くの縁談が彼の元へきたが彼はその全てを断り、研究に時間を費やしていく。
 魔法で世界をよりよくする。
 それが彼にとっての魔法使いのつとめであった。
 多くの人間に尊敬されながらも彼は慢心することなく魔法使いとして生き続ける。
 そして三十になろうかという時に、恩師から現魔園の教師にならないかと勧められた。
 清水はその頼みを喜んで引き受ける。
 恩返しは当然だし、自分が教えることによって優れた魔法使いが増えることは彼にとっても利点だった。
 こうして彼は現魔園の教師になったが、待ち受けていた現実は残念なものだった。
 清水の目標はあまりにも高すぎた。生徒達ではついていくことができず、彼は壁にぶつかることとなる。
 清水は優秀な現代日本魔法使いだったが、優秀な教師ではなかった。
 だがそれ以上に、生徒の魔法使いとしてのあり方に彼は落胆した。ほとんどが魔法を自分のために使おうとし、他人のために使おうとするのは少数だった。
 実力が高い生徒ほど自分のために魔法を使っていることに清水は嘆く。何故、力を持っていながらそれを他人のために使わないのか。
 清水は生徒達に説き続けた。
 そんな中、一人の新入生に清水は出会う。
 彼女は魔法とは無縁の育ちだったが、ズバ抜けた才能を持っていた。
 清水は彼女が自分の後継者になれるのではないかと期待した。
 しかし、彼女は清水よりも優れていたのだ。あっという間に清水を超えた彼女は飛び級で卒業してしまう。
 清水は彼女に自分の弟子にならないかと誘ったが、軽くあしらわれた。
 自分は自由に生きたいと彼女はそう言った。
 そんな彼女の性格は好ましく思えたが、清水は簡単に引き下がれず彼女に決闘を申し込んだ。
 結果はボロ負け。
 しばらくの間、彼は生徒達から嘗められるようになった。
 かつての熱意も次第に冷めていく、自分が間違っていたのではないかという考えに縛られる。
 そんな中、彼女が推薦してきた蒼司がやってきた。
 清水は彼が自分より高い魔力を持ってることにすぐ気づいた。
 彼を教えるのに恐怖を感じた。
 それが嫉妬から来ていることに彼は気づかない。
 清水は蒼司を追いつめようとしていたが、実際は逆だったのかもしれない……。


◎◎◎

 清水は怒りを必死に抑えようとする。
 今の状況が気にくわない。
(いい加減目障りですよ)
「ススイスイスイ、水よ集いて槍と成れ。水・槍!!」
 槍を投げるが、蒼司はすんでのところで回避する。
「そうそう、当たるかよ」
 反撃の風刃が清水を襲う。
「無駄だと言うのが分からないのですか」
 水壁が風刃を防ぐ。
「うるせぇ、勝手に決めつけるな」
  蒼司が右手を振り落とす。
「単一動作、無詠唱。褒めてあげたいですが、甘い。軌道が丸見えですよ」
 清水の指摘は正しい。
 蒼司の風刃は素早さを追求してはいるが、手の振りを見ることで軌道がばれてしまう。
 徐々にだがスピードも下がってきている。
 視界に入りさえすれば防ぐことができる清水の自動防御とは相性が悪かった。
 それでも蒼司は諦めない。
「フフウフウフウ、風よ集いて刃と成れ。風・刃!!」
 詠唱によって強化された風の刃が清水を襲う。
「ちぃっ」
 水壁を強化させて相殺させる。
「誰が右だけだって言ったかなぁ!!」
 蒼司は割れんばかりの声で嘲り笑う。
(なっ!?)
 清水は驚く、風刃の後ろにはもう一つの風刃が控えていた。
 初めて蒼司の攻撃がヒットする。
「やったか?」
「嘗めるなガキが」
 着ていたスーツはボロボロだった。しかし、清水はギリギリのところで防いでいた。
 あらかじめスーツの下には薄い水の幕を張っていたのだ。
(こんなガキ相手に)
 清水の怒りは上昇し続ける。
「スーツ代は弁償しないぜ」
「風、花、蒼司っーーー!!」
 清水が怒りの雄叫びをあげた。
「ススイスイスイ、水よ集いて槍と成れ。水・槍!!」
 水槍を構えた清水が蒼司へと突進する。
「近づけさせるかよ」
 両手を巧みに使いながら風刃を清水へと打ち込む。
 しかし、清水は水壁で防御せずに水槍で弾きながら接近する。
「私は認めん」
 距離を詰められた蒼司は横へと移動し回避した。
「私の理想が理解できないガキなどっ」
 今度は清水は水槍を連続で投げる。
「そんなこと知るかよ」
 蒼司はギリギリのところで回避し、風刃を打ち込むが、水壁に阻まれる。
 清水が水槍を使って防御を始めたため、先ほどの連続風刃も当たらない。
「まだまだあっ!」
 蒼司は疾走で強化した最高速度で清水の背後へ回り込もうとする。
「甘い」
「なっ!?」
 先ほどからの水槍の乱発によってできた水たまりを蒼司が踏むと同時にその魔法は発動した。
 水針爆、針状となった水が相手に襲いかかる罠魔法。
 清水は途中から水槍にこの魔法を付加していた。
「ぐっがぁ」
 瞬時に回避に移った蒼司だったが右足に水針が大量に刺さり込む。
 そのまま倒れた蒼司が清水の方を見ると既に水槍の投擲体制へと入っていた。
 恐怖に駆られた蒼司は大声で叫んだ。 

 二回戦、風花蒼司ギブアップ


「痛っ」
「我慢しろ」
 虎が蒼司の右足を治療しながら彼をこづく。
「まだ、大丈夫……だよな」
 痛みで顔を歪めながらも蒼司は尋ねる。
「……」
「おい、何とか言えよ」
 無言で包帯を巻く虎に対して蒼司は声を荒げる。
「諦めろ、これ以上は無意味だ。」
「ぐ……」
 痛みをこらえながら、蒼司は体を起こそうとする。
「聞いてるのか? 小僧、無茶だ」
「うる、さい」
 左足に力を込め必死に立ち上がる。
「もういい、お前は良くやった。寝てろ」
 虎も必死に蒼司を宥めようとする。
 ここで諦めて眠る、確かにそれは素晴らしい案に思える。
 しかし、蒼司はそれを選ばない、選べない。
「良い夢見れなきゃ、寝る意味がないだろうがよ!」
 蒼司は虎の胸ぐらを掴む。
「なあ、師範。馬鹿げてるのは分かってるさ。でも聞いてくれ」
 蒼司は叫ぶ。
「……」
「自分以外の誰かの為だった。家族のためとか……いや、違う。世間体が怖かった。周りから馬鹿にされるのが悔しかった、怖かった」

 ――逃げて逃げて、追いつめられた。

「でも、今は違う。いや……違ったんだ!!」

「自分の為に……俺は俺のために現代日本魔法使いになった!」

 ――過去を振り返りながら蒼司は言葉を紡ぐ。

「ここで逃げたら俺は一生後悔する。逃げ続ける事になる。そんなのはゴメンだ!」

 ――すでに逃げる場所は無い。

「戦う為に、俺はここにいる!!」

 ――故に、此処に立つ風花蒼司は……。

「見栄張ってるのは分かってるさ、それでも俺は……」
「お前はどうしようもない馬鹿だな」
「っ!」
 虎は蒼司の手を払いのける。
「思いだけでどうにかなると思っているのか」
 虎は静かに問いかける。
「思いだけじゃないさ、まだ手はある」
 蒼司はうっすらと笑みを浮かべた。
 その表情に虎は背筋を震わせる。
「なんだと? まさかお前! あれは使いこなせん」
 蒼司の考えに気づいた虎は声を荒げた。
「試す価値はあるさ」
 蒼司は止まらない。
「リスクが高すぎるそれに……」
「師範!」
 蒼司の叫びに虎は口を閉ざす。
「修行前にあんたは俺に聞いたよな、魔法とは何かって」
「……」
「修行中も考えてた。でも、まだ答えは出ていない」
 蒼司は目をつぶり深呼吸をする。
「俺の魔法を見つけるまで、俺は絶対諦めない!!」
 虎は蒼司の顔を真っ直ぐに見つめる。
 その顔は相変わらず酷い物だったが、目は輝いて見えた。
「お前は本当に、本当にどうしようもない馬鹿だな」
 虎は空を見ながら続ける。
「例えこの場を切り抜けたとしても、お前はきっと同じことを繰り返すだろうよ」
「……」
「だから、今ぐらい格好つけてみせろ!」
「え?」
「見栄? 違うな、誇りのために戦うのだ」
 虎が蒼司の背をはたく。
「さあ、行ってこい。蒼司!」
「……おう!」
 蒼司は頭を高く上げ前を向き、訓練場へと歩み始めた。
 
 そこにいたのは臆病者ではなく、戦士。
 
 三回戦が始まる。


◎◎◎

「やれやれゴキブリのようにしつこいですね君は」
 清水が早速罵声を浴びせてくる。
「……フフ」
 今まで恐れていた清水を真っ直ぐに見つめる。自然と蒼司の口から笑いが漏れた。
「ん? 何ですか」
「アハハッハッハハハハハハハハハハ」
 あれほど恐怖に感じていたはずなのに、今は全く怖くない。
「何がおかしいっ!」
 蒼司の態度に清水がキレた。
 それでも構わず蒼司は笑い続ける。
「嗤うなっ! 風、花ぁ」
「それじゃあ、さっさと終わらせようか!」
 火ぶたが切って落とされる。
「君にはしつけが足りな……」
「ウオォォォォォォォォォォアアアアアアアアアア!!」
 清水の声を遮るほどの大音量で蒼司が叫ぶ。
 虎の如き咆哮が辺りに響き渡る。
「なっ!?」
 驚いた清水は後ろへと下がる。
「フフウフウフウ」
 ――想像する。
 何よりも強い自分の姿を。
 信じる、自分自身を……強く強く。
「風よ我が身に集いて! 刃と成れ!」
 蒼司の周りを渦巻く魔力が風の刃となって顕現する。
 幾重にも重ねられた風刃は努力の数。
 蒼司が苦しみ、足掻き、それでも諦めなかった結果。
 ギリギリの崖っぷちで掴んだ物。
 今、形と成る。
「それ即ち、舞い踊る鎧!」
 己が身を削り守る、攻守一体の鎧。
「風・刃・鎧!!」
 ここに、蒼司の最後の魔法が発動した。
「馬鹿な、風刃鎧だと」
 清水は驚愕する。無理もない、風刃鎧は清水レベルの風魔法使いでも扱いきれない物なのだから。
 蒼司の周りに風刃が舞い続ける。近づく物は何であろうと切り刻む攻防一体の鎧、風刃鎧。
 蒼司の鬼札である。
「ススイスイスイ、水よ集いて槍と成れ。水・槍!!」
 清水が水槍を投げるも、蒼司には届かない。
 蒼司の周りを包む風によって投擲物は軌道を変えられる。
 蒼司が進むたびに水たまりは跳ね飛ばされる。これでは水針爆は封じられた。
 清水の攻撃はほぼ無効化されたと言える。
「ぐっ、がぁ」
 しかし、苦痛の声をあげるのは蒼司の方だった。
「っ、コントロールできていないのか」
 清水の見解は正しい。
 コントロールが不完全なため蒼司は風刃のダメージを受けていた。
 内側は外側より威力は下がっているものの、蒼司の体は刻み続けられる。
 しかし……。
「アハハッハッハハハハハハハハハハ」
 蒼司は笑う。
 笑いながら清水へと向かう。
 その姿に清水は後ずさる。
(何故笑う? 笑うな笑うな……)
「私を、笑うなぁっ!!」
 清水は水壁を強化し、全身を覆う。
 しかし、これは判断ミス。
 右足を怪我している蒼司の移動力は下がっており、清水が逃げ続ければ蒼司は自爆する。
 だが、清水は圧倒されていた。蒼司に対しての恐怖が体を支配していた。
 そして二人の間が近づき、接触する。
「うおおおお」
「来るなああああぁ」
 風刃鎧が清水の水壁を削っていく。
 そして全て削りとった時。
「だりゃあぁぁぁぁ」
 蒼司は右腕を振り下ろす。
「嘗めるなぁ」
 至近距離からの風刃を清水は手に作った水の盾で相殺する。
「ま、だ、だぁっー」
 蒼司は全身から力をひねり出しながら、先ほど振り下ろした右手に力を込める。
 そして、清水のアゴ目がけて一気にふりあげる。
 修行によって鍛えられたバランス感覚が体を最適なフォームへと導く。
 それはまさしく蒼司が放つ最高の一撃だった。
 吹き飛ぶ清水を見ながら蒼司はその場に沈む様に倒れた。

 三回戦、風花蒼司K・O。


 道場にて、蒼司は転がっていた。
 右足だけでなく全身が包帯に覆われていた。
 包帯人間、風花蒼司。
「……負けた」
「うむ」
「もうちょっとでリングアウトだったんだけどな」
「うむ」
 清水は吹っ飛ばされたものの運良く場内に落ちた。
 アッパーだったため、上へは飛んだものの横へは行かなかったのだ。
 もっとも清水は蒼司よりも酷い怪我で入院をしたのだが……。
「何でアッパーなんだよ、俺」
 右手を床に叩きつけて悔しがる蒼司。
「泣け、こういう時は泣いてしまえ」
「うわぁぁぁー」
 蒼司は盛大に涙を流した。壮絶な悔し泣きである。
 そして涙を流し尽くす。
「フハハハハハハ。これで、退学か」
 虚ろな目をしながら蒼司は自嘲する。
 それこそ壊れた人形の様に……。
 しかし、このまま終わりを迎えるのはつまらない。
「いいえ、まだチャンスはありますよ」
「え?」
 蒼司が顔を上げるとそこには天城が立っていた。
「私の方で補講することにしておきましたから」
「え、何それ」
 突然の話に蒼司は驚く。
「出席が足りんかったんだからそれを補うのは当然だろう」
 さも当然のように虎が説明する。
「いや、そっそんなことできるの? 聞いてないよ」
「そこはお嬢が頑張ってくださったのだ。感謝しろよ」
「何でそんなことができんのさ」
 蒼司の頭は爆発寸前。
 そんな彼に更なる爆弾が投下される。
「私、学園長ですから」
 右手でVサインしながら天城が微笑む。
「……え」
 蒼司の開いた口が塞がらない。
「やっぱり知らなんだか」
「いや、いや、え? えっーーーーーーーーー!!」
 蒼司の絶叫が響き渡る。
「ところで蒼司さん。まだあがきますよね?」
「当然!!」
 即答。条件反射だった。
 だが蒼司には悩む間など必要ない。
 ……まだ答えは出てないのだ。ならばやるべき事は決まっている。
「ふふ、男の子はそう来なくては」
 天城が満足げに笑う。
「では早速出発です。キティお願いします」
「うむ」
「え、今から?」
 蒼司は驚く。
 怪我人なんです。重傷ですよ。そんな主張をしようとするも……。
「はい。ああそれと、新学期までずっと掛かりますので」
 天城はおかまいなしに話を進めていく。
 そして、虎に抱えられた蒼司は外へと連れ出される。
「って何だよ、その飛行機!」
 何故か道場の前には小型の飛行機があった。
「ちょっと遠くへ行って貰うだけです」
「遠くって何処ですか!?」
 蒼司の混乱は頂点に達する。
「現地に先生が待ってますから」
 にこやかな笑顔で天城が答える。
 ただし、蒼司の質問には答えていない。
「いや、質問の答えになって……ちょ、待てよ」
「問答無用じゃ」
 虎によって席にくくりつけられる蒼司。
 虎はすぐに外へ出る。
「え。もしかして俺、一人?」
「うむ、儂が教えることはもうない。答えは自分で探し出せ」
 明後日の方向を向きながら虎は言う。
「ふざけんな。おい、こっち向けよ。目を合わせろ」
「御武運を」
 天城は裾で涙をぬぐっている。
 どうやら本当に泣いているようだ。
「いー、やー」
 何とか脱出しようと体を動かすもむなしく、ドアが閉められる。
 そして飛行機が離陸を始めた。
「ノゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
 再び蒼司の絶叫が空へと響き渡る。
 そう、彼の物語はまだまだ始まったばかりだ。
 頑張れ風花蒼司、いつか安眠できるその日まで!
                  

 

 

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